
蝉の人生でいえば、羽化して成虫になった後は1週間とか2週間しか生きれない、と小さいころに習いましたが、ちょうどタイミングよく羽化する蝉を見ることできました。実際に少し動いたりしてるのですがこのままあと2時間とか待ち続けないといけないのであえなく撤収でしたが、実際に見れて実によかったものです。
自分が余命あと1週間とか2週間とか決まっていたらどのように人生を生きるのだろうか、と蝉の人生になぞらえて考えてみると実に今は「怠惰」に生きているように感じます。いつも危機感だらけの必死のパッチなんですが、働き盛りの40代を無為に過ごすのは実によくなくて、30代を乗り切ったからこそ40代はどう生きようかなどと真剣になって考えるとあまりに時間がないことに気づきます。勉強だけの毎日を過ごしていた20代前半は日々が焦りでしたし、20代後半になって何とかしてビジネスの素養を身につけないとと思っていたときも30歳まであと3年などとカウントダウンしていたものです。
1年後まずいとか3年後まずいなどは、保険営業さんライフプランナーなどの80歳までのライフプランを考えてみると結構わかったりします、今の延長で行くと大変なことになるなとまずは気付くことからが大事に感じますし、未来がまずいから変えないといけないからこそ目の前のことに必死にくらいつく、という発想になるのも実に大事。
未来の想像こそが危機感の源泉
スタッフ面談するとあまり未来は考えてないな、と思ったり感じたりすることありますが、こういうのははっきり出ます、日々考えて考えて数多くの中から選択肢を決定したプロセスは、人にも説明できるしリスクも考慮したうえでの最善であるはずなので。まあ面談の席なのでいいずらいこともあるでしょうけど、周囲に聞くとまた明確にわかったりするものです。何も考えずに刹那的に生きるのも否定はしませんが、生を受けた以上何かを残すとか後世につなぐとかは多少なりともあると思うのです、特段親になったら子供にはいい世の中にしてやりたいなど思うのと同じように、その想像ができれば今の現状が相当不安になったりもするように思いますし、そうでない場合には危機感の源泉は枯渇しているということでしょう。20代で危機感持てと言っても持てないのも往々にわかるのですけど、危機感すらないとぶらぶらと家にいてニートになるのが定番でもあって。親としては20歳くらいまで成人させたのにニートになるのは一瞬だけなら致し方ないとしても、20代から30代なっていくと相当きついなあと感じますし、自分がそうなるのは男としては有害としか思えない、みたいなものが試験勉強への挑戦の要因にも思います。仕事できない男、30近くで引きこもり、何度もいいますが諸事情あるにせよ未来が一切見えなくなります。
未来を描けないとなると残るのは世の中への批判や、政治などへの批判という文句しかなくなってしまうのが非常に怖いのです。

