#460回を超す田辺祭
#ものづくりの本質
#地域とのつながり
#ものづくりは人の思い出をつくる仕事
祭りとは、不思議なものである。
一年に一度、町は日常という衣を脱ぎ遠い昔から受け継がれてきた時間を身にまとうもの。笛の音が流れ、笠鉾が町を巡る。その一日だけは、今を生きる私たちも、四百六十余年前にこの祭りを見上げた人々と、同じ時間の流れの中に立っているような気がする。今年も田辺祭に合わせて祭のうちわを制作し多くの方々へ配布した。
企業名の入った販促物であり、その役目は祭りの日に終わるものだと思っていた。
人の手から人の手へ渡り、暑さをしのぎそのまま役目を終えること、これが自然な姿だと考えていたのである。しかし田辺祭の日、思いがけない光景に出会った。
ある商店のショーウィンドウに、うちが制作した田辺祭うちわが三枚も丁寧に飾られていたのである。
店先を彩る季節の飾りとして、人の目に触れる場所へ並べられ、その三枚は静かに夏の風景へ溶け込んでいた。私は思わず立ち止まった。その光景は十九世紀フランスで日本趣味(ジャポニスム)に魅せられた画家が描いた世界を思わせた。まるでモネが日本文化に心を寄せて描いた作品「ラ・ジャポネーズ」の一場面のように、色彩と意匠が街並みに溶け込み一枚一枚のうちわが風景そのものを美しく彩っていた。

うちわのデザインは、背景には田辺祭の会津橋の曳き揃え、その上に大きな文字で田辺祭と書いてはいるので祭らしく目立つものの、紙とプラスチックでできた、ごくありふれた三枚のうちわである。
けれどその店主にとっては違ったのだろう。「今年も田辺祭の季節がやって来た」そんな田辺への愛情がその三枚から静かに伝わってきた。
物には値段がある。しかし、価値を決めるのは人の心である。
同じうちわでも使い捨てられれば消耗品で終わる。けれど大切に飾られた瞬間、それは祭りの記憶を映す一枚となり町の風景の一部になる。
だから祭りが終わって間もなく、その店へ田辺祭うちわをたくさん送らせていただいた。決して頼まれたわけではないですし、営業でもないのです。
ただ、祭りをこれほど大切に思い、店先に飾ってくださる方にはこちらも精いっぱい応えたかったのである。「来年も田辺祭うちわ、どうぞ使ってください。」
その一言を添えて、郵送の箱を閉じたとき不思議とこちらの心まで満たされていた。
昔から商人は「損得ではなく徳を積め」と教えられてきた。目先の利益は数字として残る。しかし人への敬意や感謝は信用となり、町の文化を支える力へと変わっていく。
田辺祭が四百六十余年という歳月を超えて続いてきたのもきっと同じ理由なのだろう。うちの作るうちわは、紙とプラスチックでできたごくありふれたもので、その壮大な歴史の中ではほんの小さな存在に過ぎない。それでも、一枚のうちわが店先に飾られ祭りを待つ人の目を楽しませ、田辺の夏を彩ることができるなら、それは単なる広告ではなく田辺の文化を受け継ぐ小さな証人なのかもしれない。
あの日、店先で風に揺れていた三枚のうちわは、私に教えてくれた。人は物を大切にするのではない。その物に宿った想いを大切にしているのである。

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