
サッカーでの話ですが、DFとFWが1対1になる状況はなるべく避けることが望まるのですがその理由は数的優位を作る方が、守りやすくなるというセオリーがあるからです。
とはいっても、止むなく1対1になるケースはありますし1対1での実力を磨かないと最終的には失点を防げないことも多々あるわけで、そうなると1対1でも絶対的に止めてやる実力もつけないといけない、という帰結になります。流動的なサッカーではつねに状況が変化するのでボールを持っている者は当然、そうでない者もスペースを引き出したりボールを呼び込んだりなど動きが必須であって、1つ1つのプレー全てに注釈をつけることができないので自分の中に引き出しが多くないと試合では実践できないのです。
シュートを打つのかパスをするのか、飛び込むのかなどの判断は自己判断な分、自己責任は多く育つものだし育てようと指導者が意識しないといけないものとも思うのです。
これ仕事なんかでも全く一緒で、プロジェクトでも顧客に報告してと言ってもすぐに内容を確認してくるスタッフがいます、完了したら報告していいといっても「確認お願いします」というのである意味「責任の丸投げ」、「自己責任の欠如」ともいうのですが、上司に確認させると責任も判断も上司に押し付けが可能ですし、自分は楽な部分に逃げることもできるのですが、その負担を持つのが結局上司側になるのとどうしてもタイムラグが生まれるので顧客の意向に添えなくなってしまい、大きな視点でも最適ではないのです。
不明なブラックボックスやグレーゾーンの解釈判断基準に関しても、全て上司に丸投げすれば楽になるものの説明責任を上司に負わないと、解釈自体も上司が行うことになり二度手間、三度手間にもなりかねないというケースがあります。社会人経験未熟だから、専門学校卒だから、まだ入社間もないから、などの優しい解釈はあるものの、技術だけ視点で業務を行うと3年経過してもこんな感じにしかならないこともあります。技術だけの人間になってほしくないのは結局顧客満足に到着しないのと、上司側の負担が増大することと「この行動がよくない」理解を永遠に持ちえないことです。
「別上司の〇〇さんだとこのように進めてます」
などの返答が来ることもあり、「また〇〇さんか・・」という頻繁な〇〇さんの愚行と教育ミスも含めて。
責任を持つことでいいも悪いも自分への評価や結果に繋がる以上、一人で何かをやりきることや自分の人生を真摯に向かい合うきっかけにもなります。失敗して怒れらても何か意見を聞かれても、毎回無言の社員もいるのですが小さい頃から説教や問い詰めの際に「黙秘権」でやり過ごしてきたのでしょうが、ビジネスなるとやり過ごしても結局は自分に全て返ってきてしまうのでそれなら、100戦50勝50敗のメキシコボクサーのように50回負けてるけど50回勝ってるし、100回戦ってるので現場の経験豊富、のほうが好ましく思います、もちろんその際には学歴は関係ありませんし、前職が「蝶よ花よ」と優しくされて育ったものなんかを敬遠するのはまさにこれですし、無駄にバイト経験が長いと「それしかできないんじゃないの?」という懸念が増えるのもこれ。
だからこそ学歴関係なくても学歴考慮するし、ハード部活も考慮するし、前職も前々職も考慮するし、家庭環境などの事項も考慮せざるを得ないのです。
ついでにストレスの話で言うと、責任を自分で負うなどは当たり前なので納得できるのですが、自分で決めれないことというのが最もストレスだと思います、自己決定権がないことがストレスの最大要因というものです。自分の人生と自分の仕事の舵を奪われることほど苦痛なことはないでしょうし、決める側に立たないと見えない世界が多々あります。最終的な自己責任が人格形成に貢献というのは、自分の足で立って進まないと何も開かないと思うことと、20歳になれば大人なのだから自分の責任を考えることも必要では、とも思うのです。