歴史ではあまり出てこない近衛天皇の存在ですけど、立場上は後白河法皇の腹違い兄弟であって、源平の戦いから鎌倉幕府できるまでは後白河法皇がたびたび出てきて活躍していますのでこの時代の話です。
ビジネスの話になりますが、兄弟で仲が悪いというのはまあよくあることでして、後白河法皇と崇徳天皇の保元の乱の戦いなんかもまあよくあるといえばよくあることで何とも何とも言い難いものがあったりします。ここは竹田駅から歩いて5分くらいのところで城南宮近くにある鳥羽離宮のところです。
後白河法皇の皇子、以仁王が自分は平家にやられるのですが全国に令旨を出したことから、源氏が立ち上がり平家滅亡へとつながっていくのですけど、熊野御幸があるのもこのあたりは貴族も士族も兄弟も関係なしになってきている時代だったので、兄弟げんかするわ兄ちゃんは呪ってやると血で書いた書類送ってくるわ、子どもは平家に殺されるわだと33回熊野詣したくもなるし、神仏に救いも求めたくなりますほんと。