松下電器、ナショナル、パナソニック創業の松下幸之助さんが和歌山市出身と知っている人が意外に少ないのですが、ここ和佐遊園です。松下幸之助さんは生誕131年目、一代で世界的企業に育てました。
パナソニック知らない人もたまにたまにいるかもと思いますが、パナソニックスタジアム吹田はガンバ専用スタジアムですが、パナソニックさんネーミングライツ入っているように、ガンバサポやサッカー好きなら誰しも知っているスタジアムです。ちなみに代表戦もよくやっていて、パナスタはガンバ側でしか応援したことないですけど、アウェイチームは2階のバックスタンド隅っこにしかおれなくて、なかなかのアウェイ感を感じるだろうスタジアムです。
松下幸之助さんは「経営の神様」なのですが、この生誕の地に来たのは初めてで幸之助さんにちなんだ、松下公園、幸之助桜などもあり、お墓周りはきれいに掃除されておられて幸之助さんを偲ぶことができました。よく盛和塾で稲盛塾長が幸之助さんに学んだ話が出てきて能力が高い人は能力が高い人といい関係ができるのだなあと思ったりしたのですが、薫陶を受けた方がお墓周りを日々きれいにしてくれているんだろうなと。あと、お墓にはろうそくとお線香も置いてくれていたので、ありがたく使うことができました。
幸之助さんはここで生まれ、、9歳の時には丁稚奉公で家の経済的事情から大阪の火鉢店に出てきます。場所は大阪の島之内、大阪ミナミ繁華街から東に1キロくらい進んだところで、ミナミで仕事してる人がいたり今も昔も特徴ある町が島之内です。10代のころまでに兄姉と両親が相次いでこの世を去ってしまい、ついに26歳のとき10人いた家族は末っ子の幸之助さん一人になったそうですが、世の辛酸を多少なりとも感じれてよかったと話されていたそうで、こういう周囲の状況をそのまま受け入れて自分にポジティブに変換することは成功の1つの要因だったのではないかと思います。
和歌山が生んだ経営の神様松下幸之助さん、神様の末社の末社の末社にもまだまだ至っていませんが、少しでも近づけるよう努力を重ねます。
公園には遊具があり、隣には野球場もあり、紀ノ川沿いののどかなゆったりした場所でした、また来ます。