
人はおむつに始まりおむつで終わる、みたいな話を聞いたことがあってなるほどなるほどと思ったのですが、少しニュアンス違うけど同じような言葉を聞いたのですが
「人は麦茶で始まり麦茶で終わる」というものです。確かに小さい時には汗いっぱいかいて麦茶飲ませたらぐびぐび飲んでた記憶を思い出して、今のどかわくとポカリとかもあるのですが冷えた麦茶がええわ、みたいな感に落ち着くのはすごくわかるのです。
なんかお洒落な飲みものよりも麦茶でいいし、とかを感じるわけでもあって。温故知新が最後人間の味覚に残るのかもしれなくて、いろんな味や世界を知っても落ち着くところに落ち着く、そんな感もあります。
小さい時からこの世の中の全てのものに神が宿るとか、正月にお盆にクリスマスにと神様が身近なところにいると言われ続けてきた習慣や慣習が結局は「自分の原点」であって、戻るべきところに戻るような風にも思います。山を拝み、岩を御神体として、日々見る太陽を拝む対象として日々生きてきたことを考えると「麦茶」なんかもそんなものなのでしょう、なので麦茶でもええよ、という消去法でなくて麦茶を飲みたいと選ぶようにもなってくる、「人は麦茶で始まり麦茶で終わる」に思うわけです。
