
田辺から消えた赤い銀行さんのところあたりです。
栄町の万呂王子と闘鶏神社はこっちという熊野古道看板です。いつのまにかこんな看板が出来ていまして、これはいつか万呂王子の梅畑にも何かできるのかとわくわくしていますし、ついでに秋津王子もなんかせねばとも思います。
ちなみに「道」で言えば高村幸太郎の『道程』から「「僕の前に道はない 僕の後ろに道は出来る」が大好きです。
前例のない未知の人生を、自らの力で切り拓いていく覚悟と希望を表現した強い主体性を示すのですが、自分の人生など自分の道などわからないわけなのが当たり前なので、それならば今まで選んだ道を自分の成功した道に変えてしまえばいいという発想は、すごくすごく大事なことではないかと思ったりしています。道も正解もどこかにあるかもですが、探しても探しても青い山なのでしたら道も正解も作る方が気が楽にも思います。
仕事でも人生でも生き方でも、人の評価と人の愚痴を聞いていたら堅苦しいですしましてや健全でもないような、とも思います。
リスク抱えて生きる以上はどこかで腹の括り方も必要なので、腹をくくって進めばそれが最も人生で輝くことだし周囲に与える影響も、自分自身の心理でもそう思います。そんなことを考えたら司法試験で伊藤塾で勉強してた時の
「やればできる、必ずできる」って言葉は結構好きな言葉だし、今でも「やればできる、必ずできる」とかスタッフや教育でも「やればできる、必ずできる」、とか言って勇気づけしたりするのでまあそんなものでしょう、人間は腹を括れば「やればできる、必ずできる」と今でも思っています。
こういう感覚をずっと持てるのか、会社や仕事や人生で勝手に植え付けられているかは大人になった時に大きな差異になるのだろうなとは感じます。
特に影響力の強い立場になってくると何でもかんでも「やればできる、必ずできる」精神でいいように思いますし、いざ経営になればコストとの採算あわせはあるので無駄な投資できないですけど、想像力がある人ならこのへんの感覚はわかるはずであって、業界全然違っていてもこういった感覚値や「やればできる、必ずできる」精神なんかは持ってるか持ってないか、ここだけで仕事の成長具合は大きく変わります。
自ら努力して自分の道を切り拓く、と考える人と仕事したいものです。
ちなみに万呂王子はこっちに書いてました。
