中村覚之助さんは、和歌山県那智勝浦の浜ノ宮生まれで「日本にサッカーを根づかせた男」と呼ばれていまして。その熱意と行動力が、100年以上続く日本のサッカー文化の出発点となりました。
和歌山師範学校(現・和歌山大学教育学部)を卒業後、宇久井尋常高等小学校で教鞭を執りました。その後、東京高等師範学校(現・筑波大学)に入学し、在学中に「アッソシェーションフットボール」を編さんし、ア式蹴球部を創設しました。これが日本初のサッカーチームとされています。単に最初にサッカーをやったのではなく、「教育」と「人格形成」を通じてサッカーを導入した先駆者でもあり、彼の活動があったからこそ、学校体育や部活動におけるサッカーが日本に根付く第一歩となりました。
中村覚之助さんの功績をたたえ、那智勝浦町には那智駅のところに顕彰碑が建てられていますs、和歌山県からは「県の先人」として正式に認定され、名誉町民の称号も授与されています。
中村覚之助さん、東京高等師範学校(筑波大学の前身)で学ばれていますが、もう100年以上前で和歌山から筑波に勉強で行くくらいなので、すごく勉強ができたそうです。筑波と言えば三苫選手、卒業論文にサッカーのドリブルの研究を書いたとかいう話を聞きましたし、今でも筑波と聞くと知的なインテリジェンスな選手が多いような、風間ヤッヒー監督も確か筑波大出身でして、この大会に来られていた中塚さんも筑波でお話しする機会あると「風間ヤッヒーの同級生や」言われてびっくりでした。風間ヤッヒーのマンデーセレクション、大好きでした。
そんなわけで、第二回になる中村覺之助杯サッカー大会が那智勝浦町の木戸浦グランドで行われました。木戸浦グランドは芝生グランドなので気持ちがいいんです。
優勝は新宮SSSさん、私の時代も新宮強くて1個上の世代も強くて毎回新宮強いのですが、40年近く経っても新宮さん強いのはどういうことなのか不思議です。準優勝はトルベリーノさん、人数の関係もあって最後は少し疲れてた感もありましたがナイスゲームでした。
あと試合後のベンチ前に挨拶する際に「試合していただきありがとうございました」というルールに令和は変わったのでしょうか、「あ(りがとうございま)した!」という昭和時代からの変化に驚きを隠せません。





もちろん参加して頑張った子供たち、表彰式には監督から選ぶ「チームMVP」発表や参加賞もあってみんな笑顔でしたので、親御さんや企画いただいた教育委員会のみなさんに裏方で審判やったりなどボランティアのみなさん、みなさんの成果だと思います。
サムライブルーベースのうちわ
さて今年はワールドカップイヤーということなので、うちわの裏側には予選参加チームのトーナメント表を設定しました。初出場チームの
・キュラソー
・カーボベルデ
なんてどこか聞いたことないのでしょうけど、そういうチームが参加してくるのがワールドカップの楽しみであって、国旗見ながら世界を楽しむきっかけになればと思います。アジアからはヨルダン、ウズベキスタンが出ますが、アジア予選で毎回毎回よく当たるこの2つの国もとうとう本大会に出てきましたし、国旗で言えばスコットランドとパナマあたりがあまり見かけない国旗のようにも思います。大会なので日本応援と優勝どこだろうとか予想するのですが、高校野球とか大相撲の番づけにJリーグ選手名鑑とかと一緒で、参加チームであるキュラソーの面積は日本の種子島とほぼ同じ大きさで小さいとか、15万にしかいなくて岸和田市と一緒くらいとか、どうでもいいことを覚えたりするもので知的好奇心をかきたてる仕様にしました。
サッカーを通じて国旗を知り他国を知り、世界を知ることは教育の観点からも実に大事と思っていまして、キュラソーの代表的な選手はシェフィールド・ユナイテッドFC所属、タヒス・チョン選手です。風貌がUAEのオマル・アブドゥッラフマーン選手に似た、髪の毛もじゃもじゃの選手です。もちろんうちわのカラーは代表カラーで設定したので、あくまで日本応援スタンスです。
なおヤタガラスは熊野那智大社さんの八咫烏仕様で設定しています。
代表ユニフォーム
MVPとMIP選手に寄贈したのですが、全試合をチェックできてない前提ということで失礼にはなるのですけれども決勝戦で目立った選手を選ばせてもらいました。
小学校年代なのでどうしても体格で差異が出るのが大前提ですので、その点を抜いて考えたりボール扱いだけでなくカバーリングや視野の広さ、走り出しや呼び込みなどの普段見えない部分を中心に見ていたのですけど、それでも目立つ選手は出てくるものです。新宮さんが押し気味に進める試合だったので攻撃のタクトをふるう、彼にボールが渡ればチャンスになるといった選手を選びました。後はオフザボール時にどんな動きをするのかもそうですけど、圧倒的なこの力を持つ選手がいるチームで、彼がいないと攻守に潤滑しない選手というのがすごく好きな選手で、昔で言う水を運ぶ人、誰よりも汗をかく選手、ダイナモのような言い方をするのですけど、自分も小中高と基本そんな選手でしたので攻守走で全部に秀でるしメンタルも優れる、体格に優れているわけでもないのと、花がある選手は味方でもわかりますからその選手を輝かせるにはどうするか、というチームよりの視点もできる選手、そんな部分で強く評価しました。
あとMIP選手になると、敗戦チームになると「彼がいたからまだこの点差で済んだ」という選手に評価視点が向いてしまいます。身体を張って守る、シュートブロックとドリブルにも食いつく、DFでチームを鼓舞するなど、そんな選手を見ていたのですが、こういった選手は意外にシュートがうまいので最後セットプレーなどあれば機会あるかな、と思ったのですが攻撃では輝く場所がありませんでした。ただ印象的だったので選ばせてもらいました。
個人的な経験ですが、南紀でサッカーしてた小学生時代にもらった、リフティング選手権みたいなもののトロフィーが未だに家に置いててたしか5年生でリフティング500回くらいで優勝した記憶ですけど、これって親も嬉しいのだと今になってすごくわかります。
子供の賞状やトロフィーにメダルなんかは幾つになっても飾っておいていますし、子供がすこしくじけそうになる時にトロフィーを見て改めて自分で立ち上がるなど今度もあることだと思いますし、それが成長に繋がるのだとしみじみ感じます。代表の選手とか世界の選手何かも一緒で実家に行くと小さい時のメダルとか全部飾られたりして、これが親の役目なのかなとも感じるわけです。(親にならないと全然わからなかったのですけど)
そんなこと言いながら、渡す際には代表ユニと言っているので、4年生や5年生なんかが今後もっと試合で頑張ろうというきっかけに、練習で上手な選手を目指すきっかけになればというところで代表ユニフォームにしています。
代表ユニも4年に1回くらいで変わるのですが、Y-3ヨウジヤマモトモデルもらったときはいつだったっけ?と振り返るきっかけになればいいと思いますし、これはこれで値打ちあるものと思います。
サッカーを通じて子供たちの成長に貢献できれば、事業経営していて嬉しき事限りなしと思っています。
株式会社クレアネットはスポーツを通じて子供たちの成長に貢献してまいります。
