経営者の会に参加すると、当然ながら新入りであり、これまで自分の会社で経営者として判断や決断を繰り返してきたとしても、そこでは一人の新人、末端の人間としてスタートすることになります。
これが、実はなかなかいいものです。例えば、下足番のような役割を任され、参加者の靴をそろえたり、出入りに気を配ったり、目の前の仕事を淡々とこなしたりするのですが、経営者として日々あれこれ考え続けている身からすると、目の前の作業に集中できる時間というのは、思いのほか心地よいものです。もちろん、下足番にも気配りは必要ですし、決して誰にでもできる簡単な仕事だと考えているわけではありませんが、自分が判断の中心にいるわけではなく、任された役割をきちんと果たせばよいという状況には、普段とは違った気楽さがあります。
経営者という立場は、常に頭をフル回転させているもので、目の前の問題を解決するだけでなく、来月や来年、その先に何が起こるのか、周囲の状況がどう変化するのか、どんなリスクが潜んでいるのかまで考えながら、現在と未来の両方に目を配らなければなりません。何か問題が起きてから対応するのでは遅いことも多いため、起こり得る事態を想定し、先回りして対策を考え、関係者への影響まで考慮しながら判断する必要があり、これを毎日続けていると、経営者というのはなかなか疲れる仕事だとあらためて感じます。
その点、新入りという立場はいいものです。知らないことが多いからこそ、先輩方の動きを見て、話を聞き、組織の空気を感じながら学ぶことができますし、自分が主役ではないからこそ、余計なプライドや責任にとらわれず、目の前で起きていることを素直に吸収できるというメリットがあります。
若い新人であれば、わからないことを質問し、失敗しながら経験を積み、多少のミスをしても周囲に教えてもらいながら挽回していくことができますが、こうした立場にいる時間は、実はとても貴重なものなのだと思います。若い頃は、少しでも早く上に行きたい、認められたい、責任ある立場になりたいと考えていましたし、人の指示を受ける側よりも、自分で判断して物事を動かす側に回りたいと思っていました。しかし、いざ経営者になってみると、上に立つことには上に立つことの苦労があり、自由に見える立場であっても、実際には考えることも背負うものも多く、誰かに任せて目の前の仕事だけに集中できる時間が、どれほどありがたいものなのかを実感するようになりました。
おじさんになった今頃になって、ようやく気づいたことがあります。それは、常に上を目指し、上の立場にいることだけが喜びではないということです。新入りとして末端にいるからこそ見える景色があり、下足番のような役割を任されるからこそ学べることがあり、自分がすべてを判断しなくてもよい立場だからこそ、周囲の人の考え方や振る舞いをじっくり観察することができます。
もちろん、どんな立場であっても仕事に対する責任や敬意は必要ですが、役割の上下だけで価値を判断するのではなく、その立場で何を学び、何を得られるかを考えることが大切なのだと思います。
下足番になることは、決して格下になることではありません。むしろ、余計なプライドを手放し、目の前の役割を楽しみながら、人を見て、組織を知り、自分に足りないものを学べるのであれば、それは一つの贅沢な時間であり、ある意味では優越感すら感じられる立場なのかもしれません。

若い頃には気づかなかったことも、年齢を重ね、経営者としてさまざまな責任を背負ってきたからこそ、ようやく理解できるようになるものです。上を目指すことも大切ですが、時には一番下の立場に身を置き、素直に学ぶことを楽しんでみるのも悪くありません。おじさんになった今だからこそ、新入りとして下足番を務めることにも、また違った喜びを感じられるのです。下足番になるのも、また至高の喜びと優越なのです。
