株式会社クレアネットの代表取締役ブログ

参拝神社

上秋津の千光寺にみかんの神様田道間守を勧請

田道間守が垂仁天皇の命で常世国から持ち帰った不老長寿の果実「非時香菓(ときじくのかぐのみ)」が現在の「橘(たちばな)」、そしてその橘が品種改良されて現代の「みかん」の原型となったとのことです。
奈良県高市郡明日香村の橘寺は田道間守が持ち帰った橘の実を植えたことに由来するとも言われています。

タジマモリを祀った神社「中嶋神社(なかしまじんじゃ)」はタジマモリのふるさとである豊岡市にあるので、お菓子の神様でもありみかんの神様でもあるわけです。南森町駅から2時間くらい。

秋津野ガルテンからあがってすぐそこ。

千光寺

平安京への遷都に尽力した和気清麻呂(733~799年)が大切にしていた鷹の死を悼み、その遺骨を三つに分け、紀州の高尾山には千光寺、京都の高雄山には神護寺を建立し、清麻呂の郷里・備前の高雄山にも
それぞれ手厚く葬り弔ったという。千光寺は2回の焼失を経て、江戸時代初期に現在の地に移された。

Senko-ji Temple

Wake Kiyomaro(733-799), who helped relocating
the capital to Heian-kyo, mourn his precious hawk’s
death, and divided its bones in three. He buried
each bone by building Senko-ji temple on Mt. Takao
in Kisu, Jingo-ji temple on Mt. Takao in Kyoto, and
on Mt. Takao in Bizen, his home town. After twice
of burned down, Senko-ji temple moved to a current
place in the beginning of Edo Era.

自己紹介

趣味はマラソン、サッカー、御朱印集め。よく走り、よく蹴り、よく学び、よく歩き、よく仕事し、よく経営する。常に明るく前向きに、夢を希望を抱いた経営を行う。勤勉は喜びを生み、信用を生み、そして富を生む。人間の大切な徳。徳である限りこれを積むには不断の努力がいる。

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