








熊野大好き後白河法皇さん、まんが日本の歴史でも出てきましたが後白河法皇さんは往年から頭痛に悩まされていて、熊野詣すれば頭痛が治るというのもあって何度も訪問してたようです。北郡越あたりに後白河法皇の石碑があってそういった文章を書いていました。まあ歴史上で言えば後白河法皇は義経と頼朝の仲違いを引き起こした張本人であって、裏で院政敷いていた悪い人の感じにとられてしまうのですが天皇ですし歴史の評価でどうこうは今言いにくいものです。評価は他社が下すものなので、いつも思うのは大谷翔平選手くらいまで圧倒的な力で全ての人を納得させることができれば、誰がどうしようと高評価しか残らないので、天皇の歴史の中でも圧倒的な成果を上げた天皇であれば、それが最も大事なのでは、とか思います。
まあ平民が天皇の評価などできるわけないのですが、天智天皇、桓武天皇、後白河天皇、後醍醐天皇、明治天皇、くらいは歴史書によく出てくるのと那智勝浦だと花山天皇ですけど、評価しようがないのも事実。
とりあえず後白河さんが昔は熊野に行くのは大旅行なので忙しくて行けないようにプチ熊野作った、と理解しています。だから八咫烏もあれば小さい熊野があります、小宇宙(コスモ)改め小熊野(こくまの)です、小熊野。
