民主主義は自制(Self-restraint)の上に成り立つ=多数派がその権力を制限し、少数派の権利を尊重する「自制」があって初めて機能するシステム、です。
経済的に物理的に一番権力を有する人が自制を欠いた瞬間に、平和が脅かされてしまったりしますの意味でもあります。例えばですが警察なんて交通違反取り締まらんと、大きい犯罪を取り締まれや、みたいな言葉をしてしまうことは何か不利益があった際にあるかと思います。駐車違反や踏切前の一旦停止違反などもそうなのですが、いざ自分が犯罪に巻き込まれたりすると「警察助けて」というのがごくごく一般的な市民であって、いざというときには助けを求めるのです。普段公僕とか散々な言葉を発したとしても。
子供はそんな立場にならないですし、大人になっても自分以外のために仕事しないとなかなか感覚がわからないとは思います。働かんのに権利主張だけ大きいなあという人もいるもので、空気ならいいけど努力しないで被害者感に振舞われても周囲が負荷かかって困るなあ、みたいななのを日々見ると「民主主義は自制(Self-restraint)の上に成り立つ」はわかることも多いと感じます。経営なんかで言えば会社側から視点で言うと、与えてもらってないのに要求が多いと不要枠に入るので面倒を見ることはまずありません。
なので『民主主義は自制(Self-restraint)の上に成り立つ』は上の立場にならないと、一生分からない言葉なのだとしみじみ感じるのと、なるほどの感覚です。
子供のころから受け取った恩恵を返すのは大人の責務、子供たちに次の世代に返すのも責務と思う側の立場なので、そう考えると自制だらけだしそんなものなのでしょう。
