人間関係において重要だと考えているのは、自分の間違いや失敗を素直に認められるかどうかという点です。
これは友人関係や夫婦関係だけでなく、会社経営や社員教育、取引先との関係においても共通することでありその人の成長を左右する大きな要素だと思っています。
人間ですから誰でも間違いはありますし、判断を誤ることもあれば、感情的になって相手を傷つけることもあります。しかし、問題は間違えたことそのものではなく、その後にどのような態度を取るかです。
例えば、自分に非があると指摘された際にまず事実を確認して反省できる人もいれば、反射的に言い訳を始めたり論点をずらしたり相手の言い方を問題にしたりする人もいます。最近多々よくお会いするのでようやくわかってきたのですが、後者の場合、本来解決すべき問題がいつの間にか別の話にすり替わってしまい、結局何も改善されないまま同じ失敗を繰り返すことになります。さらに厄介なのは、自分が悪者になることを極端に嫌う人です。こうした人は問題の原因を考えるよりも自分の正当性を守ることを優先するため、過去の出来事を都合よく解釈し直したり相手の責任を必要以上に強調したりします。本人としては自己防衛のつもりなのでしょうが周囲からすれば、事実を共有することすら難しくなってしまいます。自分の非を認めることと、人格を否定されることは全く別の問題だと思っています。
仕事で失敗したからといってその人の価値がなくなるわけではありませんし、間違いを認めたからといって負けになるわけでもありません。むしろ自分の責任を引き受けられる人ほど周囲から信頼され、次の仕事や新しい機会を任せてもらえるものです。また、相手が嬉しいことや楽しいことを話しているときにそれを一緒に喜べるかどうかも重要です。何でも否定したり、冷笑したり、自分の価値観で評価したりする人と一緒にいても、安心して会話することはできません。相手の感情を尊重することは、何でも賛同することとは違いますが少なくとも相手の喜びを不必要に傷つける必要はないはずです。そういう意味で会社関係でもいろいろ感じることは多いものです。
そして、会話というものは本来、相手を言い負かすためのものではなく、情報や考え方を共有しお互いの理解を深めるためのものです。ところが、自分の正しさを証明することばかりに執着すると、議論はいつしか論点のすり替えや言葉尻の追及になり、相手は説明すること自体に疲れてしまいます。会社経営でも同じで、問題が発生した際に必要なのは誰が勝ったか負けたかではなく、何が起きてなぜ起きて次にどう改善するかという建設的な姿勢です。責任を曖昧にしたままでは、どれだけ立派な言葉を並べても組織は成長しないものです。
もちろん、指摘する側にも事実を正確に伝え相手の人格まで攻撃しない配慮が必要です。しかしそれと同時に、指摘された側にも自分の行動を振り返る責任があります。
反省できる人は変われます。しかし自分は常に正しいと思い込んでいる人は、変わるきっかけすら失ってしまいます。
結局のところ、長く信頼関係を築ける相手とは、失敗しない人ではなく失敗したときに誠実に向き合える人なのだと思います。そして自分自身も人間として、経営者としてその姿勢を失わないようにしたいと考えています。
えらそうに言ってますが大失敗してるのにけろっとしてる先輩経営者もいるので、これはこれで真摯に誠実でなくても「裸一貫またやるから頼むわ」と泥水すすえる潔さにはまた敬意を感じたりもあります。
