勤労とは、心身を働かせて仕事に励むことや、報酬を得て定められた仕事をするということで、11月23日は勤労感謝の日として定められています。
働けることに感謝、働くことに感謝なのですが、有名な言葉に「働かざるもの食うべからず」と、「一日なさざれば一日食らわず」があります。
「働かざるもの食うべからず」は言葉のとおり、働かないのなら食べるなという聖書の教えであって、ニートや仕事せずぐだぐだするなら食べるななのですがもう1つ、「一日なさざれば一日食らわず」もあります。
これ「一日なさざれば一日食らわず」は一日私は働かなかったので食べません、という意思です。臨済宗の教えになるのですが、自制するか強制されるかの違いであって今日は仕事したといっても結果として何も成していないので何も食べない、という禅の修行だそうです。若者無業者=ニート時代なんかにはこの言葉がほんとに自分にあてはまっていて、ごく潰し、すねかじり、働かざるもの食うべからず、などなど自問自答してた時があったのですが、結局生きるためにはもそもそ何かを食べないといけなくて、スーパー玉出でもやし1円とか豆腐5円とか買って料理したりするものの、飯食わんと頭働かんというのもあって多少ましなご飯も食べたりしたものです。
その流れで仕事しているといつまで働くのかということで、知り合いの経営者さんなどは還暦過ぎ孫も大きくなり世代交代や隠居生活になったりも聞くのですが、ある意味その辺は「死ぬまで働く」とか腹括った方がいいように思っています。
院政を敷くとか支配欲は皆無なのですけど、どうせボケるのなら仕事した方が楽しいし団塊ジュニアには団塊ジュニアの悩みがあるわけなので流行りのファッションやトレンドはわからなくても、加齢や老いや福祉や過疎化などの今後社会問題に取り組むにはちょうどど真ん中世代にもなってくるわけですので、やっぱり死ぬまで働くくらいのマインドがいいように感じます。もちろんいつ逝くのかわからんのが辛いのですが、逝くまでわからん暗闇を手探りで進めばそこにもまた道ができると思います。
死ぬまで働かざるもの食うべからず、一日なさざれば一日食らわず「一日不作一日不食」精神です。
