株式会社クレアネットの代表取締役ブログ

大阪・南森町

城東貨物北線淀川貨物連絡線跡と、遊歩道モニュメント

ずっと不思議に思ってた光景でしたが、実は鉄道が走っていて、淀川貨物連絡線でした。もちろん当時の姿は知りませんし、なんでこの敷地だけ空いてるんだろうはずっと感じていた場所です。

昔ですが赤川でサッカーの試合をしたときがあって、東淀川区の菅原あたりからこっちの赤川まで木の橋があってバイクで走った記憶があります。
今は鴫野から新大阪まで路線ができて、その赤川橋もなくなってしまったのですけど、大阪にはこういった過去のいろいろで光景が不思議なままに残っている場所が多々あったりします。

遊歩道モニュメントも実は昔からあったようですけど全然気づかず、そしてこの城東貨物北線淀川貨物連絡線跡も「へんな空いてる場所はなんやろう」くらいにしかなかったのですが、1982年に停止だそうです。

大阪市のサイトを見ると
「淀川連絡線売却に関する開発事業予定者が決定」
・株式会社プレサンスコーポレーション
・提案価格 8,785,527,000円 (87億)
ということで、開発が進んでいます。

最初ニチイの保育園ができて、ぽっぽてらすの公園ができて、そしてマンションができて今に至るのですが、ぽっぽてらすの駅が「さくらのみや ← → きょうばし」と書いていて当時鉄道が走ってたんだぞと子供に教えるための、いろいろを少し思い出すような、そんな場所になっています。

ライフもあるし万代もあるし、便利でいいところだと思います。
変に場所が広いのはなんでだろうが、今の今くらいになってようやくわかるということでまだまだ青二才を痛感です。

ぽっぽてらす、鉄道公園。

何で2車線なのか、広いのか、などは歴史紐解くことで解決します。

京橋環状線の北側、です。

野江駅のほうに抜けていく、桜小橋交差点のほうに行く小道です。
ライフとエディオンありますが、昔はボーリング場あってバイトの打ち上げで行った記憶があります。

遊歩道モニュメント、のそばには段ボールとたばこ用の灰皿ではなく水が入ったバケツ。
こういう風情が京橋らしさなのですが、センスあるのかないのか、繁華街なのか高層ビルなのかわかりずらい部分が京橋駅周辺の魅力です。

【参照】

https://www.hotetu.net/haisen/Kansai/110129yodogawakamoturenrakusen.html
https://www.city.osaka.lg.jp/miyakojima/category/4044-14-1-0-0-0-0-0-0-0.html
https://www.city.osaka.lg.jp/miyakojima/page/0000608212.html
「淀川連絡線跡地の利活用事業に関する開発事業予定者が決定しました」

淀川連絡線跡地(以下「淀連跡地」という。)は、昭和60年頃まで大阪経済の物流を支えた淀川貨物線の線路として使われていましたが、平成3年から平成5年にかけて、都市計画道路の代替ルートとして、大阪市(以下「本市」という。)が取得しました。
湧水の一部に油膜のようなものを確認
ちなみに、淀川連絡線跡地に関しては平成25年に幹線道路利用がなくなったことで、喧々諤々で長年議論があったようです。

【再度記載】遊歩道モニュメント隣にはたばこ用のバケツが置かれていて、京橋感があり風情です。
ビギン京橋商店街に電車が横切って踏み切りあった、なんて知らなかったのですが、こういうのが大阪らしさでもあります。グランシャトーへはここから150mくらいで徒歩2分です。

自己紹介

趣味はマラソン、サッカー、御朱印集め。よく走り、よく蹴り、よく学び、よく歩き、よく仕事し、よく経営する。常に明るく前向きに、夢を希望を抱いた経営を行う。勤勉は喜びを生み、信用を生み、そして富を生む。人間の大切な徳。徳である限りこれを積むには不断の努力がいる。

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