


島津義弘公の教えともいわれる薩摩の教え「男の順序」
1、何かに挑戦し、成功した者
2、何かに挑戦し、失敗した者
3、自ら挑戦しなかったが、挑戦した人の手伝いをした者
4、何もしなかった者
5、何もせず、批判だけしている者
6、何もせずに批判するだけではなく、足を引っ張る者
5.6は「卑怯者」、創造や挑戦をしないと生き残れない時代なのに、やる気のある人の足を引っ張ることになっていることが感じられない者でもあります。
ウルトラ65キロ完走した人には、1、何かに挑戦し、成功した者 として、完走した者としての称号を得られますが、『奥熊野のコース100キロ完走ってほんまに神やん、神すぎるやん‥』と完走神への崇拝がより一層深まります。上には上がいてまだまだ自分など鼻くそレベルというのを痛感です。「じゃ来年100キロチャレンジしろや!」と薩摩の島津公が言われるかもしれませんが、老体に鞭打ってるので来年はまた来年考えますが、ウルトラ100キロ走って完走してる方はみんな神です。
ラストは神100キロランナーさんに「65キロもええけど、100キロは楽しいで、熊野灘がばーっと見えてほんまにきれいや」とラスト5キロくらいのところ、日本ダイヤモンドゴルフ倶楽部あたりで言われながら並走して話を聞いたのですが、65キロ走ってわかりましたが100キロは神の中の神で熊野神です。ここからあと35キロ走るとかは体力の限界です。
