飲食を営む方にとって食中毒は出してはいけないものです。
腹痛等で苦しむ方への補填がまず大事、後は顧客への不安や心配払拭などもそうですし、社会的な制裁やメディアに掲載も止むなしなので、今後の事業継続も難しくなるケースも多くあります。食中毒出さないように衛生管理の徹底、は言うまでもないところです。
実際に去年では知っているお店が食中毒でて、ノロウィルス検査で発見されて新聞や地方紙に載りまして、今は事業停止したままになっています。地元田辺でも有名店で何度か訪問したこともあるお店でしたが、地域の閉鎖的な部分と風評が広まると回収が難しい点、また焼肉店という特色上は再起は難しいような感もあります。(なおこういう場合、店舗名を変えて別地域で営業されてたりするので、実際はどうなのかはこのへんわかりません。大阪ではそんなのばっかりなので、梅田でやってたと思ったら今度は京橋でやってるなど、市場が違うと認識も異なるのでそのへんは雨後のタケノコ状態です。ふてぶてしいというか、営業根性立派というか、さすがというか)
ちょうどそのお店の事件ですが、知り合いもその場にいたらしく腹痛なったけど、家族のうち腹痛ならなかった者もいて原因はあれだろう、これだろうと推測話してましたけど、当事者なのでまあだいたい当たっているのでしょう。聞いてびっくりしましたけど、あながち衛生面などからすればHACCPとか仕事で関わったりしたりしてるので、いろんな推測はできますし、すきややココイチなど大手飲食店さんなんかはバイトレベルでも徹底されてるので、そのへん衛生管理面で言えば杜撰だったのだろうなとは推測できるわけです。
またこの地元田辺とは別、違うお店でも食中毒でのことでニュースになったりしたことがありましたが、肌感ではそんな食中毒出るようなお店でもないような、衛生管理などはしっかりしてると思うけどなと何となく思いながら、詳細などを確認して見ましたら、「仕出しケータリングでの発生」と聞いて推測したのが
・仕出し配達後、お客さんが何時間後に食べたのか
・保管管理方法はどうだったのか
・同じような状況下でどれだけの方が関わったのか
・衛生管理状況はどうだったのか
・ケータリング先での保管や環境状況を明確にした際の状況はどうか
などが思いつくわけです。例えばケータリングで多いだろうと思われる、最近の法事や葬儀会館などでの家族葬の場所など想像すれば、暖房効いた暖かい部屋に数時間保存とか、ちょっとつまんであけっぱなしで置いたまま、煙草吸ったりくしゃみや咳なども多い家族の場所での状況、などなどを想像していくと店側の管理責任外のような気もするものの・・などが大人なので推測出来ていろいろとだめだろうと一方的な批判はしずらいわけです。
浅田農産事件と社長の自殺
こういうことを事後的に知るとすぐに「浅田農産」さんの事件を思い出します。もう20年前、鳥インフルエンザが流行り浅田農産さんも鶏が死んだりしてた中で報告などが遅れマスコミが追求した結果、責任を感じ浅田農産の社長が自殺した事件です。詳しくはまだ記事などがあがっています。
浅田農産さんwiki
https://www.shippai.org/fkd/cf/CZ0200716.html
https://www.sendenkaigi.com/marketing/media/kouhoukaigi/000506/
なんで鳥インフルエンザになったのかは不明ですし、今でも解決にはなっていない事件ではあります。
社長の初期対応に落ち度がなかったと言えないことやマスコミの対象になったのも事実ですが、経営において自殺を選ぶというのは非常に悲しく、当時は法律の勉強ばかりでまだちゃんとした仕事に就けず仕事もしてなかった身で、経営でミスすることはこういったことにもなるという明日は我が身とも感じたものでした。今も当時もマスコミの対応や一方的な批判などで家族や業務を私的に制裁するのは変わりません。
飛ぶときは一緒に飛ぶから
時を経てコロナ禍になって2020年4月や5月などは、大阪もゴーストタウンのようになり地下鉄もくろしおも乗車しているのは自分1人だけ、みたいな日々が続き会社の売上も昨対半分以下にもなった時期がありました。
取引先だった旅行代理店、結婚式場、飲食店、物販などの小売店、リフォームや工務店などの建設業も、弁護士などの士業さえも、移動と自粛で多くの企業が痛んだわけで、世の中が止まると仕事も止まり入金も止まるのとうちの会社でも従業員保護とかでリモートワークにしたので、市況の悪化とコミュニケーションの悪化などの中で孤軍奮闘していた時期でした。ちょうど田辺にオフィス立ち上げた時期と重なって従業員教育が非常にやりずらいことに加えて、我はコロナの影響など知ったことないばかりに従業員が権利権利権利を言ってきて一難二難以上に、三難四難五難で四面楚歌状況、まあ辛い時代を乗り越えた時期でしたし、コロナの危険はわかるけど仕事動かさないといけないので1人孤独に地下鉄に乗りくろしおに乗り打合せを行い、半減以下になる売上にこりゃ潰れるなあと思ったものです。
この時期に経営者の集まりであるあきんど塾同友会でも、今後どうしようか言う中で集まったりしていろいろ話す中で、先輩経営者の1人が会議の中での話で「仕事無理やと思って誰かが(ビルから)飛ぶときは一緒に飛ぶから、飛ぶ前に俺に言って」 言っててびっくりしましたが、これ核心ついてて今でも覚えています。
従業員は会社が泥船と思った瞬間にすぐ離れますし、取引先も回収不能になれば当然取引停止しますし回収を試みます、場合によっては家族でさえも恨み辛みを言って敵に回りますし、顧問弁護士や税理士も破産進めたりして自分の取り分の回収図りますので、これは止むなき事で落ち武者が追いはぎに合うように、潰れる会社の経営者は人権も金も生きることも何もなくなります、そしてこれが綺麗ごとでもない当然の帰結です。
この悲哀を大前提をわかっている経営者だからこそ、
「「仕事無理やと思って誰かが(ビルから)飛ぶときは一緒に飛ぶから、飛ぶ前に俺に言って」」死ななくてもいいからの腹のくくり方は社員には全く理解できないでしょうし、社長でも個人の財産もぶっこんで会社と連帯保証組んでないと理解はできても実感ないものでしょう。
そんな言葉もあって、さっきの食中毒話を聞いてすぐにお店に行ってみましたが、まあ諸事情聞くと事業廃止まで行かないことと普通にお客さんも入ってきててというのがあって、さらにケータリング時での食中毒などになってくると因果関係もどうしても薄くなるものにもなるのでなどの話を聞きほっと一安心したものです。実際には仕出し先の葬儀会社さんからも責任追及どうこうはなく、今後の取引も継続前提での状況確認や対処などの話で進んだなど聞いたりしたのですが、店側の損害は大きいものの最悪は免れたのかと思った次第です。社長の話を聞き一緒にビルから飛ぶことはないかと思ったのですけど、経営なんてほんと一寸先は闇だからこそそんな崖っぷちの立場同志親近感がわくのだと思います。従業員は当然、役員でもわかるはずない部分のリスクで生きているので。
飲食店のBCP(Business Continuity Plan:事業継続計画)
あえて今言えるのは出したものは仕方ないので先に報告する、後は真摯に回答を行うしかないように思います。やってしまったことは正直ベースで先んじて伝える、その後のリカバリは未定にしてもとりあえず出していく。
社内社外には真摯に回答することと修羅場を乗り切る、このへんは大切なのとお問い合わせフォームは切るほうが無難で別途窓口で電話での対応を作りこちらから心がけるのが大事かと思います。修羅場が後々来ることも想定しつつ飯はしっかり食べてしっかり寝ることも大切に感じます。
この経営者の集まり、あきんど塾同友会での関通社長、達城さんがこんな本を出してました。
「サイバー攻撃 その瞬間 社長の決定 (書籍)~達城久裕 」



先輩経営者さんたちがみんな達城さんは立派な方やで、と口をそろえて言う理由はがわかります。サイバー攻撃を受けて損害が出た後、その対処やリカバリに今となってはこのような書籍をまとめてセミナーも行っておられる力というのは、読後感じます。
BCP(Business Continuity Plan:事業継続計画)は常に思考しますけど、なかなか実際にならないと理解しないと考えつかないのが現実です。従業員が全員退職した時期、コロナ禍でいろんなことが取捨選別できた時、大きなトラブルないとなかなか進めるのは難しいのですが年の瀬などの年末年始にこのあたりを再度確認することは非常に大事に感じるところです。
あとは上手くいかない時こそ
人生山あり谷ありで、経営なんかも山あり谷ありなのでいいときもあれば悪い時があるのは当たり前精神でやっているのですが、悪い時に手を差し伸べてくれる人は本当に大事にした方がいいと思います。
自分が落ちてるときに手を差し伸べてくれる人こそ一番信用できるわけで、調子いい時に寄ってくる人よりもしんどいときに残る人を大事にしたいと思うのですが、そうではない人が結構多かったりするので恩知らずと思われること自体あかん気がする、と感じます。そしてそういう人こそ「なんでこんなしんどい目に合うんだ」とか「なんで助けないんだ」のような自己中心的な発言もするのですけど、情けは人のためならず、なのでまあしんどいときはしんどいんだろうなで、できる範囲で応援する精神でいこうかと。
自分をこの状況に陥らせた周囲に怒ってる、究極の他責思考なんかが風評被害や真意を汲み取らず単なる意見評論家になるんだろうなと、上手くいかない人をここぞとばかりに批判してる人をみてしみじみ感じます。経営なんかは山あり谷あり、身に染みてるので悪い時には少しでも手助けしないととか思うことはあります。経営の目で見れば甘さとか言うかもしれませんが、その飲食店が古くからの友人のお店だったりとか、社員のご家族の店だったりとか、大変恩を受けた人だったりとかの想像力豊かにしていくと、「あそこが食中毒出るか?なんでやろう?」という感覚と、微力ながらだけどちょっと元気づけないとあかんかな、とかを感じるのですが、これは特殊能力ではなく苦しい思いを過ごして孤軍奮闘した経験からのような気もします。
関通さんはこちらに記事書いてました、
